算数授業を支える学級づくりのコツ
『算数授業のつくり方』 東洋館出版社 2009年
学級開きは触れ合いから
超一流は参加者の先生方
おはようございます。筑波大学附属小学校の田中博史と申します。どうぞよろしくお願いします。
こんな休日に参加していただきまして,本当にありがとうございます。
昔,先輩にこんなことを言われました。日曜日などの休日に,身銭を切って研究会に参加する先生は,日本でもわずか4~5%だ。その4~5%の先生たちこそ超一流の先生なんだと。
だから,そんな超一流の先生たちと交流できること自体が,私にとってはすごくうれしいことです。
皆さん同士もお互いに情報交換しながら,「超一流に学ぶ」という意味を考えていただければ,私たちもこの言葉を恥ずかしくなく使うことができます。このように理解していただいて,今日一日,先生方と一緒に過ごせる時間や空間を大切にしたいと思います。よろしくお願いいたします。
学級開きで行うゲーム
では,オープニングに,私がいつも自分のクラスで行うゲームをやろうと思います。
全員ご起立ください。輪になっていただけますか。1つの輪になります。私のクラスは40人です。その40人が初めて出会うときにやるゲームです。
6年生でも1年生でも,初めて出会った子どもたちには,お互いにつながっていることを,物理的にも意識させたいんです。
初めて会う方たちはちょっと抵抗があるかもしれませんけれど,手をつなぎましょう。手が後ろで隠れるところまで,輪を小さくしましょう。
電線ゲーム
電線ゲームを知ってますか。手で電流を送るゲームです。片方の先生からぎゅっと手を握られたら,もう片方の先生の手をぎゅっと握っていきます。すると,ずうっと回っていきますよね。やってみますよ。今から私が信号を送ります。このぐらいのことでも話を聞いていない子がいるとね,途切れるんですよ(笑)。
いきますよ。はい。(黙って電流を送っていく)はい,電流が戻ってきました。
このゲームは,「今日から1年間,先生と一緒によろしくお願いします」という挨拶をするときのセレモニーです。子どもとするときは床に座ります。床に座って,背中や肩がぴったりくっつくようにします。
もう一度回しますね。今度は回っていることを実感してもらいます。自分の誕生日の日付を使いましょう。日付の一の位が奇数の方は,通過したときに,「あ,いま通りました」とか,何でもいいですから反応してください。「あっ」でも,「うっ」でもいいです。ただ,大人ですから,「あっ」とか「うっ」とかではなく,「いま通ったよ」や「あ,来た来た」など,そういう言葉にしましょうか(笑)。
では,いきますよ。(電流を流す中で「来ました」「通りました」などの声が聞こえる)
はい,戻りました。さて,いま何人の人が声を出したと思いますか。数学的にいうと,約半分になるはずですね。このようにちょっとした算数の話もするんです。
これを高学年のパターンにすると,例えば,誕生日を3で割って,余りが1の子が声を出すようにします。計算できない子もいるかもしれませんね(笑)。3で割るので,声を出す子はだいたい3分の1になるはず。
このように,算数の話も交ぜながら,ゲームでクラスの一体感をつくります。
本日ご参加の先生方には,今日一日だけ私のクラスの子どもになって,その一体感を感じていただきたいと思います。
では手を離してください。ただし,手を拭かないでね(笑)。
初めて会う方も多いと思いますので,もう少しお互いを知ったほうがいいですよね。まだ名前も知らないでしょうから。
仲間づくりゲーム
私は,子どもたちと「仲間づくりゲーム」もよくやります。私が手を叩いた数で集まるというゲームです。
クラスの子どもは40人です。その場合,例えば6や7の数で手を叩きます。そうすると,必ず仲間はずれが出ますよね。人数がそろわない。そこで,「先生,そんな数じゃなくてね。もっと4とか8とかにしてくれると,みんなが仲良くできるよ」という子どもの言葉を引き出します。
わざと割り切れない数でやると,1人,2人が余って,かわいそうな子ができるでしょう。そのときに,仲間はずれになってしまって動いている子を目で追う子がいるんですよ。
心配してずうっと見ている子と,もう決まったグループでおしゃべりを始めている子では違うでしょ。私は,友だちを心配して目で追ってくれる子をほめてやるんです。「あの子見てごらん。ほら,なんかずうっと心配しているよ」と。こうすると,友だちに心遣いをする子が生まれます。
それで,「じゃあ,40人だったら何人がいい?」と尋ねます。割り算ができなくても,そのぐらいはわかりますね。「2人組がいいよ」や「4人組がいいよ」など。
では,ここまでの話を聞いたところで,先生方もこのゲームをやってみましょう。まず4人組をつくってください。
あれ?向こうに2人余っています(余っている2人を誘う声が出る)。そうですね。こうして,お互いが今のように気遣うことは,とても素晴らしいことですね。
下の名前で呼び合うためのゲーム
今から自己紹介をしていただきます。普通の自己紹介は,名前を言いますね。それを一回終えたことにしましょう。
その後,私は,高学年の子を仲良くさせるために,意図的に下の名前で自己紹介をさせます。無理やりでも下の名前で呼んでみることを体験させるのです。女の子が男の子が呼ぶときに,例えば「田中さん」と苗字でしか呼べない子が,「ひろしさん」や「ひろしくん」と下の名前で呼べるようになるだけで,心の距離がちょっと近くなります。
では今から,この「下の名前を呼び合うためのゲーム」をします。1人目の方は「私の名前はひろしといいます。よろしくお願いします」と自分の名前を入れた自己紹介をします。2人目の方は「私の名前は,ひろしくんの隣の花子です」というように,前の人の名前に続けて自分の名前を言います。3人目の方は,「ぼくの名前は,ひろしくんの隣の花子さんの隣の太郎です」とどんどん名前が増えていきます。全員が1周したら,一番最初の方は,全員の名前を言ってゴールとなります。
では,だれを最初にスタートするか,じゃんけんで決めて始めてください。どうぞ。勝つのがいいとは限りませんよ。最初は少ないけど最後には全部覚えなきゃいけないですからね(笑)。(自己紹介し合う声)
終わりましたか?ちょっと距離が近くなったような気がしませんか?
今は4人でやりましたから,みなさん比較的失敗してないでしょう。でも,これが,例えば6人ぐらいになると,覚えきれなくなりますね。そのとき,どういう状況が起こると思いますか。困って言えなくなる子がいますね。その子に対して,ただ黙って「なによ,あんた覚えてないの?」という雰囲気の子と,「違う違う。ほら,こっちは太郎くんだよ」と言って教えてくれる子がいます。 その後者の子を探します。そして,その子をまたほめてやります。テストをやっているわけではないのだから,困っている子がいたらサポートをしていいんだよという雰囲気をつくってあげるです。
ところで,ここでもちょっと算数をしましょうか。このゲームの中で今,名前を何回呼びましたか。実は「1+2+3+4+…」というようになります。私は算数科の教師ですからね,今のような仲間づくりのゲームをしながらでも,やっぱり算数の話をちょっとずつ入れていくんです。
お付き合いしていただいてありがとうございました。席に座りましょう。
スキンシップでつながる
学校開きは触れ合いから始めます。とにかくスキンシップ。子どもたちとの距離を縮めるという意味もあります。子どもと先生がいつもつながっているという感覚をもたせたいのです。さらに男の子と女の子の仲をよくするという目的もあります。これが,高学年の学級を崩壊させない大きなポイントだと思います。
実は私がいろいろな小学校に行くと,2年生ぐらいでも「はい,お隣の人と今からゲームをしましょう」というと,「え,やだ」という子がいるんですよ。その子どもたちの言葉が,本音なのか,単に照れているだけなのか,わからないですけどね。
学級開きで,最初,男の子と女の子のグループをつくろうとすると,男の子の中には必ずこういう反応をする子がいます。男の子はまだ幼いですからね,この言葉を真に受けないことです。その場の照れ隠しで毒舌を吐いているだけの子もたくさんいますから。でもこの場面が,それを言うことで相手がどれだけ傷つくかということを指導するいいチャンスになります。
ある程度の期間,学級で付き合ってきて,男の子同士の仲が悪いことなどが起きてそれを指導の対象にすると,その2人の人間関係を表に出すことになるので,ちょっとリアルになってしまいます。こういう場合は,全体で指導するのではなく,個別に指導したほうがよいケースです。
学級開きで男の子と女の子のグループをつくったときの「え,やだ」というつぶやきには,相手の子が本当に嫌いなのではなくて,照れてそう言っているんだなという感覚がありますから,全体で指導しても大丈夫です。私たち教師がこういう場面の子どものつぶやきがよい指導のチャンスだと思って見つめていると,指導のチャンスは毎日たくさんあることに気がつきますよ。
子どものほめ方
ほめて動かし,またほめる
先ほどからずっとお話ししていることで共通するのは,「子どもを動かしておいて,その動かした子どもの姿から,こういうのがいいなと思う子を探してほめる」ということです。子どもをほめようと思っても,ほめる姿がないと意味がありませんね。
私は,保護者会でも「子どもをほめて育てなさい」とよく言います。しかし,お母様方の中にはほめ方が下手な方もいらっしゃるようなんです。子どもの日記に「最近,お母さんが歯の浮くようなことばっかり言うんだ」と書いてあることがありました。空々しいこと言われても,子どもは実感がないときには動きません。
6つ目のゴミを拾う子を探す
ほめるポイントは,先生を越えることの価値観を伝えることです。
例えば「ゴミを5つ拾いなさい」という指示をしたとします。すると子どもがよく動きます。教師が子どもに指示を出すときに,数字を入れて指示をすると,その数字が子どもの目標になるので,今までよりも子どもが動きます。単純に「教室が汚れているからゴミを拾いなさい」と言っても拾わない子がいますが,「5つ拾いなさい」と言うと,子どもは5つは拾うでしょう。だからさっと動く。これも,大切な技術です。
しかし私たちは,5つ拾ったままで,6つ目があっても拾わない子にしてしまっては意味がありません。だから,この指示を使う場合でも,「心ある教師は6つ目を拾う子を探す」と若い先生たちには言ってきました。
「でも,田中先生,教室で子どもが活動しているときに,6つ目を拾う子なんか探せません」という先生もいます。さて,みなさん,本当に探せないと思いますか?実は簡単に探せます。ゴミ箱のすぐそばを見ていればいいのです。子どもはゴミを拾ったら,それを持ってきてゴミ箱に捨てます。捨てる子はもう5つ拾った子です。そのうち,ゴミ箱の周りが必ず汚れます。そこに落ちているゴミを見て拾う子がいれば,それは6つ目のゴミですね。それで,その子をほめるんです。
ただし,その時点では黙って見ておきますよ。終わった後で,このゴミ箱のそばで,「ゴミ箱の周りが汚れているから,6つ目や7つ目を拾ってくれた子がいるよ」とほめてあげる。
すると,他の子どもたちの中にも「いや,私も拾ったよ」という子どももいるかもしれません。「先生は,その姿を探すことを目標にして,みなさんが掃除をしている姿を見ていたんだよ」と伝えます。先生の指示を超えることを,先生が喜んでいるのだと伝えるのです。
このようにすると子どもは育ちますが,私は,さらに,その数字自体も子どもに決めさせたらどうかと思っています。図工のあとなどに,「みんな教室を見てごらん。ずいぶん汚れてるね。一人がいくつ拾うと,このお部屋はきれいになると思う?」と子どもに尋ねます。子どもが「先生,7つぐらいかな」と言ったとしますよね。「では,みんなで7つ拾おう」とやります。それでゴミがまだ落ちているなら,「先生,1人7つじゃだめだよ」と子どもが数字を修正するでしょう。
算数の授業でも子どもに数字を決めさせることがありますね。学級のルールもそうです。それは子どもが自分たちで決めたことは,自分たちで修正することができるからです。先生から「こうしなさい」と言われたことは,その先生がルールを変えてくれない限り,変えられないのです。
ルールは子どもたちで決める
うちのクラスは40人で,男の子20人,女の子20人です。ボールが4つありますが,休み時間になるとボールの奪い合いが始まります。チャイムが鳴るとすぐに廊下にあるボールをわしづかみにして運動場へ走っていく子がいます(笑)。または1時間前から姑息にボールをどこかに隠している子など,いろいろな子がいます。そうすると,当然,「先生,ボールの使い方のルールを決めようよ」という声があがります。
しかし,このときに,先生から「わかりました。じゃあこちらの2つは男子ボールとします。こちらの2つは女子ボールとします」と決めてしまうと,例えば女の子が遊ばないでボールが残っていても,男子は使えませんよね。先生が決めたんだから,先生が変えてもいいと言わないとルールは変えられません。
でも,子どもたちに話し合わせて,子どもが「ねえ,どうする?男子ボール女子ボールというのをつくろうよ」と決めていたとすると,やっているうちに不都合なことが起きたら,修正をする権利が子どもにあるでしょう。「先生,ああやって決めたけど,どうもそれじゃ不都合があるから,女子が遊ばないとわかったときは,女子ボールを使っていいことにしようよ」というように。
また,「これは男子のボールだけど,時間が5分過ぎても使っていないので,女子が使ってもいいことにしようよ」と言って,自分たちで新しいルールをどんどんつくることができるわけです。
自治活動ができるように子どもを育てるには,教師の言ったことだけをいつも守る子にするのではなく,先生を一歩超える姿をいつも見ていて,ほめてあげることです。子どもたちがその生活に慣れてくると,「あ,この先生は,ある一つの小さな状況のことを言っておいて,私たちがどんどん変えていくことを期待しているんだな」と感じてくれます。これも,高学年の子どもたちが心を開く,一つの条件ですね。決めたこと以外は許さないという態度の先生と,私たちに任せてくれているんだという態度の先生とでは,子どもの受け入れ方が全く違うのです。
「よいところ探し」を仕組む
学級を担任すると,先生が子どものよいところをほめることはやりますが,子ども同士にもよいところを探すことをやらせたいですよね。
いろいろな小学校に行くと,友だち同士でいいところを見つけ,報告し合うというのをやっています。学級会や帰りの会でよくやりますよね。
でも,これも,先生が「友だちのよいところを探しましょう」とだけ言うのでは,形骸化してしまいます。
昨年の「超一流に学ぶ学力セミナー」でもお話ししましたが,私は,いつも授業の終わりや帰りの会の直前に,こうやって子どもに伝えます。
一日が終わって「起立。先生さようなら……」と言いかけた瞬間に,私が「あ,ごめん。一つ言い忘れたことがある。今日ね,花子がね,給食当番でもないのに休み時間に給食台の汚れを拭いてくれていたの。これはぜひみんなに伝えておきたくてね」と言います。伝えた後は「ごめん,ごめん,帰りの挨拶を途中で止めて,ごめんね。ではさようなら」とやる。
翌日も「気をつけ,礼。さようなら」という直前に,「あっ,ごめん。一つ言い忘れた」とやる。 よく言い忘れる先生だなと思うかもしれませんね(笑)。「あのな,今日,太郎がね,中央ホールで1年生の靴が落ちてるのを休み時間に見つけて,ずっと探し歩いて,靴箱に入れてくれてたんだよ。あいつ,いいとこあるなあと思ってね。ごめんごめん。これもちょっとみんなに伝えたくなってね。では,さようなら」とやる。
3日目。これ大事ですよ。「気をつけ,礼」という瞬間に,まったく同じタイミングでやる。でも,日直もそろそろ,にやにや笑いながら,気をつけと礼の間を空けてくれるようになってきます。 そこを期待を裏切らず「あ,一つ言い忘れたことがある」とやります。
こうやっていくと,次の週ぐらいから,やたら私の周りでいいことをする子が増えてくる(笑)。とにかく認めてほしいから。
でも,そういう姿ではなく,隠れたところでやっている子を探します。先生は,探して歩かなければいけないんですよ。探して歩いて,また言います。
そうすると,今度はこういう子が生まれます。「先生はみてない。あたしもやったのに」と。「いつも何か別の子ばっかり見てて,私を見てくれていない……」とか言うでしょう。
それでもめげずに続けると,こんな子も出てくるんです。「先生は見てないけど,次郎ちゃんもこういうことしていたよ」と。自分のことではなくて,他の子のことをいう子が必ず現れるんです。私は,耳をダンボのようにして,そういう子が出てくるのを待っているんです。そして「君の話を聞きたいなあ」と言って,その子に話をさせます。
自分のことではなく,友だちのよいところを見つけたことを報告した子をほめるんです。すると他の子も「それならぼくも見たよ」「私も見たよ」という話を始めますね。それをまた聞いてやる。 その数がだんだん増えてきて「そっか。じゃあ一日終わったら,こういうふうにみんなで見た姿を報告し合う会をつくろうか」とやれば,その「よいところ探し」は,先生が「やりなさい」と言ったんではなくて,子どもがやりたくて生まれたものになりますから,形骸化しないですね。
先ほどから私が話していることのポイントは,みな同じです。あることを動かしておいて,子どもが先生より一歩先を進むところを見逃さずにほめることを繰り返すこと。教師の先を動く子どもの姿を探すということは,実が後からお話しする算数の授業と大きくかかわってきます。