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インプット理論に学ぼう

長年にわたって週3時間しかなかった英語の授業が,平成24年度になってやっと週4時間に増えました。
しかし,基礎・基本を確実に定着させ,実践的なコミュニケーション能力をはぐくむことは,そうたやすいことではありません。
インプット理論は,よりよい授業を目指して試行錯誤を重ねる先生方に,大きな示唆を与えてくれるのではないかと期待しています。

学習時にはたらく三つの生得的学習作用

インプット理論では,第二言語を習得する過程において,学習者の言語習得をコントロールする 【 生得的学習作用 】 がはたらくと考えられています。
【 生得的学習作用 】(「 生得的 」 =「 生まれつき備わっている 」)とは,下記の三つの作用のことを言います。



言語の習得に影響を及ぼす順に並べると,【 情意フィルター作用 】【 オーガナイザー作用 】【 モニター作用 】 の順になります。
【 情意フィルター作用 】と【 オーガナイザー作用 】は無意識のうちにはたらく作用で,【 モニター作用 】 は学習者が意識的にはたらかせる作用である,とされています。

(1) 情意フィルター(affective filter)作用

学習者が英語の学習を「楽しい」「もっと知りたい」と感じているか,それとも「分からない」「つまらない」「むずかしい」と感じているか,教科に対する精神状態や動機づけの違いが,その後の学習に大きな影響を及ぼします。
その他の心理的要因としては,学習者の「不安の度合い」「仲間意識」,さらに何のために新しい言語を学習するかという「一般的動機づけ」などが考えられます。
これらの要因がかかわり合って 【 情意フィルター(affective filter)作用 】,あるいは単に 【 フィルター作用 】 がはたらきます。
この 【 フィルター作用 】 は,学習者が次の段階に学習を進めていくか否かを決める,重要なはたらきをします。

(2) オーガナイザー作用

いったん英語の学習が始まると,学習者は,英語を母語とする幼児と同じような順序で文法構造を習得し始めます。誤りをおかしながらも,自分なりの中間言語(interlanguage)を形成しながら,学習を続けていくわけです。
例えば,He goes to school every day. という英文について,生徒たちは,He go to school every day. という誤りをおかしがちですが,このような誤りは何も日本の中学生に限ったことではなく,英語を母語とする子どもたちも同様の誤りをおかしながら成長していきます。

Krashen は1983年の論文の中で,母語話者の文法規則の習得順序を概略以下のように整理しています。

ING(progressive)/ PLURAL / COPULA (to be)

AUXILIARY(progressive)/ ARTICLE(a, the)

IRREGULAR PAST

REGULAR PAST / Ⅲ SINGULAR(-s)/ POSSESIVE (-s)

つまり,三人称・単数・現在形の語尾の -(e)s や所有格の 's は母語話者の子どもにとっても,かなり難しく遅い段階で習得されるものとされているのです。

日本の中学校の英語教師は,週に3~4時間しかない授業の中で,生徒の中に望ましいかたちで中間言語(interlanguage)が形成されるよう,常に心を砕いていくことが求められています。

(3) モニター作用

私たちはふだん日本語を使って生活していますが,その場合でも,言い間違いをしたり言いよどんだりしながらも,あまり不自由を感じずに意思の疎通を図っています。
つまり,無意識のうちに獲得した文法的な知識や言語能力を駆使しながら,互いにコミュニケーションを行っているわけです。

しかし,英語で話さなければならない場面で,それまで学んで得た言語知識が誤りを気にしすぎる方向にはたらき,コミュニケーションがとどこおってしまうことも,よくあることです。

このように,意識的に学習した文法的知識が発話行為に及ぼす作用のことをモニター作用と呼びます。

モニター作用には個人差があります。
モニターをはたらかせ過ぎて,文法的な正しさを気にするあまり,すらすら話せないタイプの人もいれば,モニターをはたらかせず,間違いをあまり気にすることなく,どんどんコミュニケーションをとっていくタイプの人もいます。

コミュニケーションに支障をきたさない程度に上手にモニターを働かせることが,私たちが目指すべき理想的な姿と言えそうです。

モニターがはたらく条件には,

A.訂正のための十分な時間があること。
B.言語の形式に注意すること。
C.文法を知っていること。

の3つが挙げられています。

日常会話の中で互いにモニターをはたらかせながら会話すると通常の30%増しの時間を要し,伝達される情報量は逆に14%減るという,興味深いデータもあります。
つまり,普通の会話においてはモニターを機能させず,writing や事前に原稿を準備する speech などでは,モニターをしっかり働かせるのが,賢い英語話者への道と言えそうです。
授業の中で,モニターをあまり作用させず,英語を使って伸び伸びと表現を楽しむ場面を意図的につくりだしていくなどの工夫が望まれます。

インプット理論を踏まえた授業デザイン

私たち英語の教師は,インプット理論に示された三つの生得的学習作用を踏まえ,下の3点に留意した授業デザインを心がけたいものです。



授業デザインの留意点

① 分かりやすい授業づくりを心がけ,オーガナイザー作用の活性化を促進します。
② 楽しい授業づくりで意欲を喚起し,フィルター作用のはたらきを抑えます。
③ 場面に応じて「モニター作用」のはたらきをコントロールできる力を高めます。

・ コミュニケーションの場面では,誤りを気にせず,伝えたい内容を相手に届けることに注力させます。
・ 「書くこと」の指導の場面では,モニター作用を適度にはたらかせる力を高めます。

以上紹介したように,インプット理論の考え方も援用して,授業改善に取り組んでいきたいものです。

参考文献

『インプット理論の授業(英語教育の転換をさぐる)』 渡辺時夫・森永正治・高梨庸雄・斎藤栄二 三省堂 1988
『英語教育叢書 英語科教育を変える6章(インプット理論からのメッセージ)』 森永正治著 大修館書店