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1997年宮城県教育研修センター長期研修員A研究 (その1) (その2) (その3)

コミュニケーション能力を伸ばす英語指導の一試み

-インプットからアウトプットへの流れを重視した授業設計を通して-

名取市立第一中学校 佐藤 俊隆

1 主題設定の理由

21世紀を目前にして,世界の国々の結び付きがますます強くなり,世界はボーダーレス社会の様相を強めてきている。地球温暖化問題や食糧問題など,人類全体にかかわる課題が深刻の度を増してきている。このような課題を解決し,より豊かな共生の道を探るために,国や文化の壁を越えて,共に協力していくことが求められてきている。これからの時代を担う児童生徒にとって,国際理解やコミュニケーション能力,問題解決能力などが,ますますその重要性を増しているのである。

現行の学習指導要領は,国際化,情報化,価値観の多様化などの社会の急激な変化に対応するために,児童生徒に豊かな人間性と自ら学ぶ意欲,社会の変化に主体的に対応できる能力を身に付けさせることを重要な課題として取り上げている。そのために,学習者の主体的な学習を促し,「生きる力」を育む授業実践の試みが広く行われている。英語科においても,教科の目標の中で「コミュニケーション」ということばが初めて用いられ,実践的なコミュニケーション能力を育成するために,授業の改善が進められている。

現在,英語教育は第三の改革のただ中にあるといわれている。それは,1987年の「語学指導を行う外国青年招致事業」いわゆる「JETプログラム」の開始に端を発している。外国語指導助手(ALT)と日本人英語教師(JTE)によるティーム・ティーチング(TT)が日常化し,英語教育の在り方はコミュニケーションを重視する方向へと大きく変化しつつある。インタビューゲームなどのコミュニケーション活動が授業に数多く取り入れられ,音声を媒介とする「聞くこと」や「話すこと」の学習活動が様々に展開されている。

しかし,コミュニケーション活動を充実させ,生徒の主体的な学習活動を大事にしようとするJTLやALTの地道な努力にもかかわらず,授業改善の試みは必ずしもうまくいっているとはいえない。生徒の「聞くこと」や「話すこと」の能力は,十分とはいえないまでも,以前に比べて向上しているように思われる。しかし,「読むこと」や「書くこと」の能力は,逆に低下傾向を示していると言われている。

このような現状を打開するためには,基礎・基本の定着を促し,コミュニケーション能力を伸ばす指導の在り方を探っていかなければならない。語いや文法,つづり,発音などの言語形式に偏りがちな従来の授業の在り方からの脱皮を図り,「自然なコミュニケーション活動」を十分に取り入れ,コミュニケーション活動の楽しさを味わわせる授業を創造していくことが重要である。コミュニケーションの楽しさを味わわせることによって,積極的にコミュニケーションを図ろうとする意欲を育てるとともに,学習に対する主体的な取り組みを促進することができるからである。

本研究は,このような視点に立ち,近年クラッシェンらによって急速に研究が進められている第二言語習得にかかわる理論,とりわけ「インプット理論」に学び,授業改善の一つの方向を探ろうと試みたものである。日本における英語学習は,第二言語としての英語の習得とは基本的に異なる環境下にあることから,「インプット理論」をそのまま取り入れることはできないが,学習者の情意面を大切にし,学習のプロセスを重要視する「インプット理論」は,生徒の英語学習を支援するための重要な示唆を与えてくれるものと思われる。

「インプット理論」の研究成果を踏まえ,インプットの質と量を吟味し,その上で,インプットからアウトプットへの流れを重視した授業設計と資料作成を行うことを通して,生徒のコミュニケーション能力を伸ばす指導の在り方を探ろうと考え,本主題を設定した。

2 研究目標

外国語(英語)習得に果たすインプットの役割を踏まえ,インプットからアウトプットへの流れを重視した授業設計を行い,基礎・基本の定着を促しコミュニケーション能力を伸ばす英語指導の在り方を探る。

3 研究仮説

英語科の学習指導において,次の4点に留意して授業設計を行い,指導を工夫すれば,生徒のコミュニケーション能力を伸ばすことができるであろう。
(1)生徒の興味・関心を大切にし,意欲を喚起するインプットを工夫する。
(2)インプットとアウトプットを統合した「導入段階におけるインタラクション学習モデル」を構想する。
(3)「コミュニケーション活動につながる展開段階の学習モデル」を構想する。
(4)学習のまとめの段階で行うコミュニケーション活動を工夫する。

4 研究方法

4.1 文献研究および理論研究

クラッシェンらによる第二言語習得理論やカナーレイによるコミュニケーション能力についての分析研究などの成果に学び,基礎・基本の定着を促し,生徒のコミュニケーション能力の育成を目指す授業設計を行うための基本的な視点を明らかにする。
(1)ユネスコ74年勧告と外国語科の目標
(2)コミュニケーションとコミュニケーション能力
(3)コミュニケーション能力の下位構成能力とその発達
(4)第二言語習得にかかわる生得的学習作用とインプット理論
(5)第二言語教育のガイドライン

4.2 実態調査

所属校第2学年生徒(中学校)及び仙台教育事務所管内中学校英語科主任,平成9年度中学校オーラル・コミュニケーション・セミナー参加教員を対象に,英語の授業にかかわるアンケート調査を実施し実態を明らかにする。

4.2.1 生徒対象の実態調査

(1)調査対象名取市立第一中学校2年生 191名
(2)調査方法質問紙法(多肢選択,一部自由記述式)
(3)調査目的学習意欲と評価に関する意識を調査する。

4.2.2 教師対象の実態調査

(1)調査対象仙台教育事務所管内の中学校英語科主任及び平成9年度中学校オーラル・コミュニケーション・セミナー受講者
(2)調査方法質問紙法(多肢選択,一部自由記述式)
(3)調査目的 ①「聞く」「話す」「読む」「書く」のそれぞれの能力を伸ばすために,どのような指導を行っているか,実態を把握する。
②観点別学習状況を,どのような場面で,どのように評価しているか,実態を把握する。
③定期考査等の総括的評価問題と観点別評価のかかわりについて実態を把握する。
④「聞く」「話す」「読む」「書く」の能力を伸ばすコミュニケーション活動の実践例を収集する。

4.3 授業構想及び授業設計

文献研究及び理論研究の成果と英語学習にかかわる生徒や教師の意識や実態を踏まえ,基礎・基本の定着を促し,コミュニケーション能力を伸ばすための授業設計を行い,そのための学習支援資料を作成する。
(1)生徒の学習を支援するための基本的な視点の確立
(2)インプットとアウトプットへの流れを重視した授業の構想と設計
(3)教師と生徒,生徒同士のインタラクションの日常化の工夫
(4)実践的なコミュニケーション能力を身に付けさせるための学習モデルの構想
(5)「コミュニケーション活動年間計画」や「モデル・インタラクション」「基本文法早見表」などの学習支援資料の作成

5 文献研究及び理論研究

5.1 外国語(英語)科の目標

5.1.1 ユネスコ74年勧告

第18回ユネスコ総会(1974年)で決議された「国際理解,国際協力及び国際平和のための教育並びに人権及び基本的自由についての教育に関する勧告(74年勧告)」の中で提示された「指導原則」は,今後の英語教育の方向を探るうえで貴重な示唆を与えている。

まず,この「勧告」を基に,児童生徒にどのような力を身に付けさせていくべきかを確認したい。

表1 ユネスコ74年勧告の指導原則
全ての段階の教育及び形態の教育に,国際的側面及び世界的視点を持たせること。
全ての民族,その文化,文明,価値および生活様式(国内の民族文化および他国の文化を含む)に対する理解と尊重。
諸民族及び諸国民の間に,世界的な相互依存関係が増大していることの認識。
他の人々と交流する能力。
権利を知るだけでなく,個人,社会集団及び国家には,それぞれ相互の間に負うべき義務のあることを知ること。
国際的な連帯及び協力の必要について知ること。
個人が,それぞれの属する社会,国家及び世界全体の諸問題の解決に参加する用意をもつこと。
この「74年勧告」によれば,これからの時代を担う児童生徒に求められる重要な資質は,「国際理解」と「コミュニケーション能力」,そして「問題解決能力」の三つであるととらえられる。

「国際理解」とは,全ての民族やその文化,生活様式などを理解し尊重しようとする姿勢を持ち,人類全体にかかわる問題を主体的にとらえることである。また,「コミュニケーション能力」とは,それらの問題を解決し,より豊かな共生の道を探るために互いに意見を交換し,知恵を出し合う力である。そして,課題解決のために主体的に行動を起こす力が「問題解決能力」なのである。

英語教育を通して「74年勧告」が提言する三つの力を児童生徒に身に付けさせていくことは,地球の未来にとって極めて大きな意味を持つと考える。そのことによって,人類がいま直面している環境破壊や地球温暖化,食糧問題等の課題を解決するための,国や文化の垣根を越えた全人類的な取り組みを促進するからである。

5.1.2 外国語(英語)科の目標

現行学習指導要領は,社会の変化に主体的に対応できる資質を持った人間の育成を目指して新しい学力観を提言し,外国語(英語)科の目標を次のように設定している。

表2 外国語科の目標
外国語を理解し,外国語で表現する能力を育成する。
外国語で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度を育成する。
言語や文化に対する関心を深め,国際理 解の基礎を培う。
目標の1は,「理解の能力」と「表現の能力」,すなわち,コミュニケーションを行う上で,なくてはならない外国語の能力そのものの育成を取り上げたものである。

目標の2は,コミュニケーション能力を根底で支える「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」を育成することの重要性について述べている。

目標の3は,ことばの背景にある文化に対する理解を深めることを目指している。これは,コミュニケーションがただ単に「ことば」のやりとりだけで成り立つものではなく,相手の文化に対する理解があってはじめて成立するものであるとの認識に立ったものである。

「知識・理解」に偏りがちだったこれまでの指導を見直し,コミュニケーションの本質に立ち返って,確かなコミュニケーション能力を身に付けさせていくことが大切であると考える。

表3 外国語科の評価の観点
コミュニケーションへの関心・意欲・態度
表現の能力
理解の能力
言語や文化についての知識・理解

5.1.3 外国語(英語)科の評価の観点

表3は,現行学習指導要領における教科の評価の観点である。前指導要領で4番目に位置付けられていた「外国語に対する関心・態度」は「コミュニケーションへの関心・意欲・態度」と改められ,筆頭に位置付けられている。このことからも「外国語で積極的にコミュニケーションを図ろうとする態度」の育成が,指導の大きなポイントであることが分かる。

5.1.4 評価の観点と四つの能力

コミュニケーション能力を構成する「聞くこと」「話すこと」「読むこと」「書くこと」の四つの能力と,外国語科の評価の観点とのかかわりを,図1のように押さえた。また,四つの能力は,コミュニケーションの媒介する音声と文字という視点と,「理解の能力」と「表現の能力」の視点からみて,相互に密接にかかわり合っていることがみてとれる。



5.2 コミュニケーション及びコミュニケーション能力

5.2.1 コミュニケーション

コミュニケーションとは,複数の人間が,身振り手振りなどの非言語的手段や音声や文字のような言語的手段を用いて,互いの気持ちや考えを伝えたり,様々な情報を伝え合うことをいう。「伝達すべき情報」があるということが,コミュニケーションがコミュニケーションとして成立するための必要条件である。

英語の授業のウォームアップとして,曜日や日付についての問答が広く行われているが,これは情報の伝達という視点から見ると,本来コミュニケーションとはいえない活動である。なぜならば,話題となっている事柄が教師と生徒の双方にとって自明であり,興味のない話題であるため,両者の間に情報伝達の必要性が存在せず,会話を行う必然性がないからである。

5.2.2 コミュニケーション能力

今日の英語教育について考える場合,キーワードとして挙げられるのは「コミュニケーション能力」であろう。研究を進めるに当たって,まず,「コミュニケーション能力」の概念を規定することから始めたい。

第二言語習得にかかわる理論研究の進展によって,「コミュニケーション能力は四つの下位構成能力からなる」とするとらえ方(カナーレイによる)が一般的になってきている。コミュニケーション能力の下位構成能力とは,「社会言語的能力」「方略的能力」「談話能力」「文法能力」の四つである。
(1) 社会言語的能力
社会言語的能力とは,コミュニケーションが交わされる場面や目的,話し手と聞き手との関係などに応じて,適切な形式と内容を用いて言語を使う能力をいう。「相手がどうやら怒っているようだ」とか「言葉遣いをきちんとしなくては」とか「おしゃべりをしないで相手の話を聞かなくては」というように,会話が行われている状況を的確に判断して,コミュニケーションを行う能力である。この能力は,家庭や学校での家族や友達との会話や遊びなどを通して自然に身に付くものであり,コミュニケーションを行う上で最も基本的な能力である。
(2) 方略的能力
実際のコミュニケーションでは,互いに伝えたいことがうまく伝わらないことがよくある。まして,外国語を用いてコミュニケーションを行おうとする場合に,そのような不都合が頻繁に起こってくる。そのようなときにはたいてい,繰り返しや言い換え,ジェスチャーなどを活用して,意思の疎通を図り,コミュニケーションを続けようと努力する。方略的能力とは,このようにコミュニケーションの過程で起こる様々な障害に対処し,コミュニケーションをうまく進めていく能力をいう。

この方略的能力は,言語能力が十分に身に付いていない場合に,特に役立つ能力である。外国語学習の初期の段階で,方略的能力にかかわる指導を十分に行うことは,コミュニケーション能力を高める上で有効な方法であると考えられる。
(3) 談話能力
談話能力とは,いくつかの文を適切に組み合わせて意味的にまとまりのある情報を発信する能力や,会話や文章の流れから話し手や書き手の意図を的確に判断し理解する能力をいう。
(4) 文法能力
文法能力とは,語い,語形成,文形成,発音,つづり字,文の文字どおりの意味など(これらを総称して「言語形式」という)に関する知識とその知識を使う能力をいう。

5.2.3 コミュニケーション能力の階層構造

コミュニケーション能力の四つの下位構成能力を階層的にとらえると図2のようになる。「社会言語的能力」がコミュニケーション能力を基底で支え,その上に「方略的能力」「談話能力」「文法能力」が順に積み重なっていくのである。


これまで日本では「英語イコール文法」といわれるくらいに文法学習が重要視されてきた。しかし,「文法能力」が不十分であっても,その他の「社会言語的能力」や「方略的能力」「談話能力」が身に付いていれば,十分にコミュニケーションを行うことができることが明らかになっている。

5.2.4 コミュニケーション能力の発達

図3は,学習の進展に伴いコミュニケーション能力がどのように伸びていくのかを表したものである。


学習の初期の段階(図中のA)で,繰り返しや言い換え,ジェスチャーなどを多用したインプットを十分に受けることによって,学習者は「社会言語的能力」や「方略的能力」を少しずつ身に付けていく。それに対して,言語の習得がある程度進んだ段階(図中のB)では,「方略的能力」に比べて「談話能力」や「文法能力」が大きく伸びているのが分かる。

また,図3から「方略的能力」がコミュニケーションの中で果たす割合とその推移をみてみると,「方略的能力」は,特に学習の初期の段階で,非常に大きな役割を果たすことが分かる。そして,学習が進展するにつれてコミュニケーション能力に占める「方略的能力」の割合は徐々に減っていく。しかし,コミュニケーションを円滑に進める働きをする「方略的能力」は,学習のどの段階でも常に重要な役割を果たしているといえる。

5.2.5 中間言語の考え方

第二言語習得理論では,母語とも目標言語とも異なる「学習を通して獲得しつつある言語」を中間言語( i : interlanguage)と呼んでいる。学習の過程で内在化する中間言語を大切にし,それを生かしながら,コミュニケーション活動を積み重ねることによって,コミュニケーション能力を伸ばそうとするのである。

この中間言語という考えを生かしてコミュニケーション能力を育てていくと,学習者のコミュニケーション能力はバランスよく発達していく。学習者の言語内容を大切にし,誤りを受容的に受けとめることによって,四つの下位構成能力がバランスよく発達していくからである。


それに対して,言語形式の「正確さ」を強く意識するあまり,学習者の誤りを矯正することに焦点を当てた指導を繰り返していくと,「文法能力」だけが突出したアンバランスな力が育ってしまうのである。その結果,コミュニケーションに不可欠な「社会言語的能力」や「方略能力」「談話能力」は身に付かないでしまうことが多いのである。

5.3 インプットとアウトプット

コミュニケーション能力を伸ばす授業を構想するために,インプット理論について,その概要をまとめておく。

「インプット」とは,第二言語としての英語を,学習者が意識的にあるいは無意識のうちに自分自身の中に「入力」することを指している。具体的には,学習者の身の回りで日常的に使われている英語や,教師が教室で話す英語,授業で学習する英文などがすべて,学習者にとってインプットとして機能するのである。

また「アウトプット」とは,文字通り,言語内容を「出力」することであり,音声や文字,そしてジェスチャーなどを通して,情報を発信することを指す。

5.4 三つの生得的学習作用

インプット理論では,学習者が第二言語を習得する過程において,言語の習得をコントロールする生得的学習作用が存在し,学習者の言語習得に影響を及ぼすと考えられている。それぞれ,情意フィルター作用,オーガナイザー作用,モニター作用と呼ばれており,情意フィルター作用とオーガナイザー作用は無意識に作用し,モニター作用は学習者が意識的に働かせる作用であると考えられている。

5.4.1  情意フィルター作用

情意フィルター作用は,新しい言語のインプットに対して最初に働く作用である。情意フィルターに影響を与える要因は,学習に対する期待や不安,教師と学習者及び学習者同士の人間関係,学習する題材に対する興味や関心など,様々である。情意フィルターは,これらの要因が組み合わされることによって機能する。フィルターの働きが弱ければ弱いほど,学習者は心理的抵抗をあまり受けることなく,意欲的に学習に参加できるのである。

5.4.2 オーガナイザー作用

学習者が第二言語として英語を習得する場合,英語の母語話者と基本的に同じ順序で言語形式を習得していくといわれている。その過程で,自分自身の中間言語の誤りを発見し,修正を加えながら,徐々に第二言語を組織化していく。この組織化の作用をオーガナイザー作用という。

5.4.3 モニター作用

モニター作用は,自分で言語形式をモニターし,誤りなどの訂正を行う一種の自己調整作用である。具体的には,第二言語を表出する際に,文法規則を意識的に適用し,自分の発信する英語の言語形式を点検したり訂正したりする作用をいう。

5.4.4 生得的学習作用相互のかかわり

インプットを受けた学習者は,これらの三つの生得的学習作用を経て,アウトプットを行っていく。図5は,そのプロセスを図式化したものである。インプットに対して「情意フィルター作用」がいかに働くかによって,その後の言語習得の在り方は大きく異なっていく。

また,授業改善のポイントは,言語習得の過程で中心的な役割を果たす「オーガナイザー作用」をいかにして十分に機能させるか,にあるともいえるのである。



5.4.5 望ましいインプットの条件

第二言語の習得をコントロールする生得的学習作用の働きと相互のかかわりを踏まえると, 学習者にとって望ましいインプットとは,次の四つの条件を満たすインプットである。

第一に, 学習者の情意フィルター作用を弱め,学習意欲を喚起するために,学習者にとって興味・関心の高い題材を取り上げたインプットであること。また,コミュニケーションとしても自然なインプットであること。

第二に,学習者のオーガナイザー作用を最大限に活性化させることのできるインプットであること。つまり,学習者が内部に組織化している中間言語よりも少しだけ上の段階(これを[ i + 1 ] すなわち,[ interlanguage + 1 ]という)のインプットを行うことが大切である。

第三に,文法的な配列等の言語形式を優先し て題材を選び,インプットを行うのではなく,言語内容を大事にしたインプットを行うこと。文法的な配列にこだわりすぎると,学習者にとって新鮮味のない題材や,興味・関心からかけ離れた題材を取り上げざるを得なくなってしまうことが多いからである。

第四に,学習者がオーガナイザー作用を働かせるために,繰り返しや言い換えを多用し,十分な量のインプットを保障すること。このことは,下図の受容語いと発表語いの関係からも明らかである。実際にアウトプットされるのは,それまでにインプットされた語いや言語形式,言語内容のほんの一部分に過ぎないため,十分な量のインプットを保障することが,生徒のコミュニケーション能力を伸ばすために不可欠な条件なのである。

5.5 第二言語教育のガイドライン

クラッシェンは,インプット理論に基づき,第二言語の教育において留意すべき視点を「第二言語教育のガイドライン」として,以下のように提言している。

(1) 学習者をできるだけ多く,自然なコミュニケーションに触れさせること

ここでいう自然なコミュニケーションとは,言語形式よりも伝達される言語内容に焦点を当てたコミュニケーションのことである。オーガナイザーの機能を高め,すでに習得している中間言語を使用して積極的に情報伝達を行おうとする学習活動を促すことを目指したものである。そこで留意すべきことは,次の点である。
自然で具体的な質問をすること。
学習者が意思伝達のために目標言語を使用する場合には,指導者はその言語内容に対してのみ反応し,発音や言語形式を訂正しないこと。
学習者の母語(日本語)による反応や身振り手振りを受け容れること。それに対して,教師は目標言語(英語)で応ずること。
意思伝達に焦点を当てて活動を行っているときは,文法の説明は行わないこと。

(2) 性急なアウトプットを要求しないこと

これは,オーガナイザーの機能の活性化を図るためにインプットからアウトプットに至るまでの沈黙の期間を保障するための支援である。

(3) 具対物を使って理解を助けること

学習の初期の段階では,実物や写真,映像などを用いることによって言語習得を支援することが大切である。

(4) タスクベーストな学習を取り入れること

タスクベーストとは「作業に基づいた」という意味である。コミュニケーション活動に必然性を与えるために,英語を使わなければ解決できないような課題を設定することを心掛けることが大切である。

(5) 学習者に対して,言語形式の学習の時間を組み込むこと

フィルターが低くオーガナイザー作用の盛んな幼児には,取りたてて言語形式を指導しなくてもよい。しかし成人の場合は,基本的な言語構造に焦点を当てた言語形式を学習するための時間を組み込むことが必要である。

(6) 学習者をリラックスさせるように,楽しく受容的な雰囲気を大事にすること

発達段階を経るにつれて,人前で恥をかくようなことを避けようとする傾向が強くなる。学習支援の基本として,学習者の情意フィルターの働きを緩和することの大切さをおさえておくことが重要である。

(その2) (その3)